伝統と鍛錬が紡ぐ 精悍な美のルーツ島に生きる沖縄空手を堪能する舞台へ(3)神谷武史×ミゲール・ダルーズ

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(全5回連載|第3回目)
10月3日から公演される「沖縄空手御庭」。
自身も演者として組踊や琉球舞踊の舞台に立ち続ける、演出家/神谷武史氏に舞台の演出秘話から、本作にかける想いまでたっぷりと語ってもらった。


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【神谷 武史|かみや たけふみ】
演出家・組踊実演家・琉球舞踊家・空手家など多彩な顔を持ち、沖縄文化・芸能を牽引する存在として長年にわたり活躍を続けるフロントランナー。1999年4月~2018年3月まで八重瀬町(旧・東風平町)にて役場職員として文化・観光・教育・財政など様々な職務に従事。2018年4月からは沖縄県立芸術大学の沖縄文化コースで文化芸術の研究をしながら、地域に貢献できる人材を育成するため教鞭をふるう。


『人に見せるという意識』は舞台も競技も同じ

――お話を聞くにつれ、この「沖縄空手御庭」が単なるエンターテイメントの枠には収まらない“何か”であることが分かってきました。

神谷そうですね(笑)。
たとえばですが1回買ってみて美味しくなかったものは、もう買わないでしょ?

――はい。

神谷それと同じで観光商品として作品が長続きするためには、プロセスだったりルーツだったりが『どうなのか』ってことを含んでいる方が“あじくーたー(=沖縄方言で深みのある味のこと)”になるさ。そのためにも、実際に舞台に出て汗をかく本人たちがそういう想いをぶつけていかないと伝わらない。

画像3:演者として経験の蓄積があるからこそ、見せることへの姿勢はとことん真摯だ。
演者として経験の蓄積があるからこそ、見せることへの姿勢はとことん真摯だ。

神谷だから空手家の皆さんにも『お金をもらっている』という舞台に対するモラルを培ってもらうのも大切で。お金をもらうことが主ではないけれど『人に見せるという意識』は競技と一緒。舞台も競技も自分の芸術性を高めないと点数にならない。そのために稽古があって、鍛錬がある。舞台は確かにいつもとは違う環境だけれど、向かう先は同じであると知ってほしいんです。


伝統を継承するということ

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――神谷さんはこれまでも様々な活動を通して、沖縄の伝統芸能・文化の継承に尽力されてきましたよね。今“ルーツ”という言葉が出ましたが、やはり伝統の継承には強い思いがあるのでしょうか?

神谷僕は舞台にあげるものは全て“手習い”と言って、人から人へ伝えていくべきものだと思っています。身体を通して伝えられてきたものが伝統文化であるならば、相手の汗や体温を感じながら、受け止めて、伝えていくことが継承であると。

――なるほど。

神谷そして伝えることのモチベーションになるのは、やはり伝統に対する誇り・敬意・畏れであって、決して軽んじてはいけないものなんですよね。(誇り・敬意・畏れが)自分の何を支えているのかに気が付くこと、つまり『自分というものを見出すための手段が伝統文化である』と。


受け継がれるルーツ。その先に見ているもの

画像5:演出家として伝えられることは何か、模索は続いている。
演出家として伝えられることは何か、模索は続いている。

――今回の舞台にも、そんな伝統・継承への想いが込められているのですか?

神谷たとえば今回の演出の中には、真っ暗な中で上からサスライトを当てて高段者が演武をするシーンがあります。笛が奏でる音楽の中、布の摩擦音だけが聞こえる。そこに空手のルーツがあって、根っこを支えてる人がいるんだってことをビジュアルと音で伝えることができるんです。一方、若手のときはガラリと雰囲気を変えて、明るい中で演武をすることで沖縄空手の明るい未来を表現することもできる。

――舞台だからこそ出来ること、伝わることがあるということですね。

神谷そう。演出・舞台技術・演者・・・特に演者が『やりたくない』って言ったら舞台は終わりなんです。だから僕は演出家として、(空手という伝統を)舞台にすることの意義をちゃんと伝える、理解してもらう努力をしなければいけないと思っています。

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――舞台にすることの意義ですか。

神谷考え方は人それぞれですから、演出家ができることは演者にヒントを与えるだけです。あとは演者が自分で考え、どう見せるかがスキルアップに、そして次のステップに繋がっていく。この舞台を打ち上げ花火で終わらせないために、根っこを強化させながら花を咲かせていくようなやり方をしないといけないんです。

(第4回へ続く)


神谷氏×ダルーズ氏インタビュー次回は、国内外に沖縄空手の魅力を発信し続けているダルーズ氏の想いを深堀していきます。